2017年40代で多発性骨髄腫になり2年後の再発からの憩室炎破裂からの治療・・・

2017年診断から2019年再発・・・日々の変わりない日常までの闘病日記

多発性骨髄腫での移植入院

5月20日水曜日



ダラザレックスでの3週間の治療が終わり…

数値も良くなってるので移植しましょうと入院…




恐るべしコロナ…




面会禁止…

コロナ患者以外にも大きな影響となる…

1番怖いと思っていた事態となってしまった…




再発がわかった9月2日…




2人で落胆…


入院して治療始めましょうと先生…

しかし旦那は仕事の段取りして1週間後に返事していいですか?



1週間後は部屋が満室になってしまい…

入院できず…

入院は先延ばしになってしまった。



それまでは薬だけのみましょかとのことで

ステロイド剤服用…




お腹痛い…




すごい前やけど憩室炎で入院してる時の痛みと同じと本人判断…


食べんかったら治る…

そんな旦那の勝手な判断…

何度病院行こうと言っても大丈夫!行かん!の一点張りで…

背中さする…

湯豆腐…

お腹に優しい食べ物に…




しかしこれ以上は無理!

家族で1時間半掛かる主治医のいる病院へ…

混んでて2時間近く…






途中死ぬ!言う旦那…

何がお腹で起きてるんや…

すごく長い病院への道のりとなった…






病院に着くと…

S状結腸憩室破裂…

緊急手術…

命に関わるので緊急手術となります…

最前を尽くしますとのこと…






あたしは…過呼吸になり…

娘たちのお陰で冷静に…

先生にお願いして緊急手術の待合室で待つこと…

長かった…






終わり…

顔みて…生きててくれてありがとう

泣いて過呼吸…

先生から奥さん大丈夫ですよ

って言ってもらって…

落ち着き…


ありがとうございます





そこから痛みと人工肛門生活…

約1ヶ月の入院…

多発性骨髄腫の治療は人工肛門を繋ぐ手術後まで延期となった…




最初の1週間は子供たちは姪っ子宅から学校へ…

あたしは病院に泊まり付き添って

痛みと闘う旦那様にマッサージ…



人工肛門が着いてるけど落ち着いてきて

病棟を変わっての多発性骨髄腫の検査…



病棟が変わるだけやけど

そこにはストマーの専門の看護師はいて下さってるのか…



不安しか無いままの病棟移動…


夜中にお腹痛くて緊急CTへ…

しかしその後放置…



次の日の夜も何も言われずに…

あたしらは先生と看護師さんにお願いするしかない。

お腹の中で何が起きて昨日の夜の痛みが起きたのかの説明もないまま検査は続く…



それでは不安しかない。

CTの検査結果とお腹痛くなった理由を教えて安心させて欲しい。と言うと…



外科の先生も来てくれて

安心させてくれての検査となりました



このまま何ヶ月かこのまま治療を始めなくても

多発性骨髄腫は大丈夫か

腫瘍は出来てないか検査してからの退院



人工肛門ついてるけど…

なんとか無事に退院…




旦那のストレスは旦那にしかわからない…

傍に支えるしか出来ない

でも帰りたいって言ってくれてて


帰れて良かった





退院した次の日…


台風来てる中…お腹痛くて救急車呼んで病院へ…

ガスが溜まりすぎてての痛みとの事…

お薬貰い…帰れた

良かった…




そんな再発がわかってからの緊急事態…



次の入院は人工肛門を繋ぐ手術…



それまでは多発性骨髄腫の治療は出来ない…